私は大学生の頃、マリー・ローランサンの描く、パリの女性たちに憧れていました。
当時、蓼科高原のマリー・ローランサン美術館*で目にしたシフォンのドレスをふんわりと身にまとい、つま先で軽やかに飛び跳ねているような洗練された女性たち。
淡いグレ-とバラ色の組み合わせがこんなにも上品でお洒落だと教えてくれたのは、彼女の作品でした。
時には優しく微笑み、時には物憂げな表情を浮かべるパリジェンヌたち。
それ以来、私もいつかこのような気品にあふれた女性になりたいという思いを抱き続けてきました。
ところが、私の予想に反してこちらで彼女の作品を目にすることはあまりありません。故郷では、あまり評価されていないようです。
2014年にパリのマルモッタン美術館で開催された、フランスで初めてのマリー・ローランサン回顧展に行くと、ほとんどの作品は蓼科高原ですでに目にしたものでした。
同様に、こちらに住むようになってから、私が長年憧れ続けたあの女性像は、実際のパリジェンヌとは似つかないという事もわかってきました。
この写真は、病院で無料配布されている、女性癌患者向けの雑誌「ローズマガジン」の表紙です。
乳癌手術の傷痕の残っている上半身裸の女性。
右乳房切除したバストを露わにし、自由、平等、博愛を象徴する三色旗を握りしめた右手を高く掲げているこの女性の力強い美しさに、私は一瞬にして目が釘づけになりました。
タイトルは、「がんとの闘い! 革命! 前進あるのみ!」
凛とした横顔、左手で銃をつかみ、右手で三色旗を掲げて民衆を先導する姿。
オリジナル作品は、ルーブル美術館に展示されている、「民衆を率いる自由の女神」です。
復古王政の打倒、言論の自由を求めて、学生や労働者中心のパリの民衆が蜂起した1830年7月の市民革命を描いています。
この表紙のモデルを引き受けた 女優のサンドリン・ララさんは、これまでのキャリアの中では、ヌードになる仕事は引き受けたことがありませんでした。
「癌の手術と治療で疲れ果ててしまって、もうこれ以上自分の体に何もしたくないと、乳房再形成を拒否しました。
そのような選択をする女性もいるのだという事を世間にわかってほしい。
私は自分のありのままの姿を受け入れて今後の人生を歩んでいくと決めたのです。
この作品は 私の自由、アマゾーン*のようにたくましく生きていくと決めた私の選択、そして、すべてのがん患者の闘病を表現しています。強い象徴なのです。」
とインタビュ-に答えています。
すべての女性がん患者へエ-ルを贈っているのです。
*アマゾーンとは、ギリシャ神話に登場する女性だけの戦闘集団、アマゾン族。種族継承のために他国の男性との子供を出産するが、女児のみ育てる。又、彼女たちは、授乳のために左乳房は残していたが、弓などの武器の使用時に邪魔になる右乳房は取り除いたといわれている。
私たち女性は、思春期の頃からバストの悩みは尽きませんね。大きい女性は大きいなりに、小さい女性は小さいなりに、乳房の形や乳首の色に至るまで、それぞれがコンプレックスを抱えています。
女性自身が乳房は女性の魅力の一部であると意識しているからにほかありません。
乳癌治療のためとはいえ、自分の体の一部を切除された喪失感は、計り知れないものがあるでしょう。
ましてや、その姿を覆い隠さず、ありのままの姿を人目にさらすことを厭わない潔さに私は心を打たれます。
そして何よりも、この作品中の彼女のカッコイイ美しさにすべての癌患者は勇気づけられるのではないでしょうか?
この過去を振り返らない、いつも前を向いて進んでいく姿勢が、パリジェンヌが魅力的な理由の一つに違いありません。
私たちの人生も、前進あるのみです。
* 蓼科高原のマリ-・ロ-ランサン美術館は、2011年に閉館後、2017年7月よりホテル ニュ-オ-タニ内にて再開されました。