パリで働き始めたころ、フランス語を正しく話すために、発音矯正士について訓練をしました。
たとえばRの発音の場合、舌の先を歯の裏側にくっつけた状態でのどを震わせながら発音します。
先生の手書きのイラストに従い、目の前に置かれた鏡に向かって、自分の口許の動きをよく見ながら、何度も何度もRの入った単語の発音を繰り返しました。
自宅でもレッスンの録音を聴きながら同様に復習を続けました。次第に、鏡に映った自分とずっと向かい合っているのが苦痛になってきました。
先生の教えに従って、口を大きく開いたり、左右に思いっきり引っ張ったり、上の歯で下唇を軽く噛んだまま発音しながら、
「フランス語を話すときの私の顔ってなんて醜いのかしら?」
と鏡の向こうの自分に幻滅しながらも、何度も何度も辛抱強く繰り返しました。
確かに、フランス人は唇を閉じたり開いたり、上下左右に忙しく動かしながら、表情豊かに小さな顔をくちゃくちゃにしながらおしゃべりしています。
それだから目元や口元に小じわが増えるのも納得です。
この先フランス語を上達するにつれて、私の顔もどんどん崩れていくに違いないと先行きが思いやられました。
そのうえ、鏡に映った自分の顔のそばかすがやけに目につくようになり、左の頬にうっすらしみが浮き出ているのも発見してしまいまいました。
フランス人は瞳の色が青や緑、グレ-や薄茶色で、日本人よりも色素が薄いために瞳が光を通しやすく、眩しさを感じやすいために、フランスでは室内の照明は控えめになっています。
おそらくそれだけでなく、カップルが耳元でロマンチックな言葉をささやき合うためでもあるでしょうが。
そのせいで私は気づかなかったのでしょうが、発音の訓練のためにずっと鏡の前で自分の顔をじっくり眺めていると、どんどんと欠点が目につき始めました。
これまでに受けたフランス語レッスンの中でも一番つらい経験でした。
(当時はまだ、私の視力も良かったので……。)
鏡って残酷です。
でも女性にとっては必需品ですよね。
さて、前置きが長くなりましたが、ただいまフランスは、夏のヴァカンス真っ最中。
ギリシャで1か月のヴァカンスを過ごされた顧客様が、サロンに駆け込んでいらっしゃいました。
「ホテルのバスルームに拡大鏡があって、それで自分の顔を見たらショックだったのよ。毎日ビーチに行くために、紫外線防止用のクリ-ムをしっかり塗って肌を保護していたせいもあるのだけど、毛穴に汚れが詰まってまっ黒なのよ。自分の肌がこんなに汚れているなんて、恥ずかしくてパリの街を歩けないと思って、ギリシャから電話して予約を入れたのよ。
しっかりケアお願いね」
7倍? 10倍?
いきなり最初から、かなり倍率の高い拡大鏡をご覧になったようです。
見慣れていないと衝撃が大きいのはよくわかります。
この拡大鏡、確かに女性の敵でもあり味方でもあります。
皆さんは、もうお使いになってますか?
私は、学校の視力検査では、毎回一番下まで全部はっきりと見えるほど、視力が良かった分、老眼になるのが早かったので、アイメイクには、拡大鏡は欠かせません。
10年以上前から使っています。
老眼鏡かけたままでは、お化粧できませんからね。
若いころは、厚塗りのファンデ-ションがムラになっていたり、睫毛の生え際からかなりずれたところにアイラインを引いていたり、口紅がはみ出している年配の女性を見かけると、
「こんなにいい加減なメイクで人前に出て恥ずかしくないのかしら?」
「もう外見なんて、どうでもいいのかしら?」
などと失礼なことを思っていたものでしたが、私も年齢をかさねるにつれ、そうなってしまう理由がわかるようになりました。
決して手を抜いているわけではないのです。
視力が衰えてくると、自分の顔もメイクの仕上がりも細部まではよく見えないのです。
そう気づいて以来、私は拡大鏡のお世話になっています。
最初は、3倍から使い始めたのですが、数年前にそれでは物足りなくなって、5倍、7倍と迷った挙句、思い切って10倍を購入しました。
これが不幸の始まり始まり……。
バスルームの照明の下で鏡に映った自分の顔を見た時のショックだったこと!
私は、年齢相応の皺やシミは仕方ないと覚悟していますが、小鼻の周りに密集した産毛やほくろに生えた黒い毛、鼻毛1本1本までしっかりと見えました。
小鼻の横を親指と人差し指でつまむと、白い皮脂が押し出されてきました。
日頃からきちんと洗顔をしているにもかかわらず、なんて恥ずかしいことでしょうか!
そればかりか頬にも長い黒い毛が何本も伸びていました。
眉毛からもはみ出した毛が!
それらを毛抜きで引き抜いていると、あっという間に1時間が経過していました。
これらはすべて10倍拡大鏡のせい!
誰にもこんな風には見えないから大丈夫!
と気を取り直しました。
年齢を重ねた自分と向き合うのは勇気のいることです。
現実はなんて残酷なのでしょう。
しかし、10倍とまではいかなくても、5~7倍くらいの拡大鏡を使って身だしなみを整えるようにすれば、何歳になっても十分に綺麗でいられます。
ファンデーションの厚塗りやムラがなくなり、これまでよりも洗練されたアイメイクができ、口紅を塗った口元もきりりと引き締まり、上質のメイクができるようになるはずです。
ところで、私のアパートのエレベーター前は、一面鏡張りになっているのですが、この鏡は、うれしいことにブティックの試着室にあるような、スタイルをよく見せてくれる鏡なのです。
毎朝、出勤前に目にする自分の姿が美しく見えるのはとっても気分のいいものです。
お化粧用には拡大鏡を使用して現実を直視する一方で、自惚れさせてくれる全身が映る姿見も併せ持つことをお勧めします。
不思議なことに、外見に少し自信が持てると、自然と背筋が伸びて、まっすぐ前を向いて颯爽と歩けるようになるものです。
鏡を自分の味方につけて、気分よく年齢を重ねていきましょう。
ぜひ、お試しください。
鏡よ鏡よ、鏡さん、世界で一番美しいのは誰?
Miroir, mon beau miroir, dis-moi qui est la plus belle ?