千代に八千代にパリジェンヌのように美しく

パリのエステシャンがあなたに伝えたい、年を重ねても美しいパリジェンヌのきれいの秘訣

いくつになってもエステティック

私は、パリから電車で1時間くらいのところにある高齢者施設でソシオエステティシャンの活動をしています。

 

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40年前から勤務している職員さんが、出張美容師やソシオエステティシャンがまだ存在しなかった時代、入居者女性のどうしても美容院に行きたいという願いをかなえるため、車椅子で美容院まで送り迎えしていたという思い出話を聞かせてくださいました。

長寿社会の今では需要が年々拡大し、容易に外出ができない高齢者のために、美容師が施設や自宅に出向くサービスが一般化してきました。

そのためにこの施設では数年前の改装の際に、ビューティーサロンを設置しました。週に2回、美容師が出向いています。

 

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私たちの世代とは違い、80代、90代、100歳以上の世代は、自分の生まれ育った町で学業を終えて社会人になり、結婚して家庭を築き、そして伴侶に先立たれて一人での生活が難しくなると、この老人ホームに入居します。

その昔、校庭で一緒に遊んだ小学校、中学校の同級生に再会したり、職場の同僚に再会することも珍しくありません。

思い出話をしていると、子供のころ家が近所だったとか、親同士が友人だったとか一本の糸でつながっていくことがわかります。

また、職員さんも、入居者さんが営んでいた食料品店でいつも買い物をしていたから子供のころからお顔なじみであったとか、小学生の時の担任の先生に再会したりとか、遠縁の親戚だったりとさらにどんどんつながりができていきます。

街全体で入居者120名ひとりひとりの最期を温かく見守っているという印象を受けます。ここでは、老人ホームが一つの社会を形成しており、エステティシャンも美容師もいるのが当たり前なのです。

 

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私は、リタイアされた元職員さんを中心に、入居者のご家族や友人で形成するボランティアグループの協力を得て、施設のレクリエーション活動の中にソシオエステティックを取り入れていきました。

慈善バザーの飾りつけに使う花をクレープ紙で作っている最中でした。

紙に触れることで手のひらがかさつく上に、かなり指先を使う細かい作業で、参加者は少しすると手が疲れてしまうようでしたので、ハンドマッサージから始めました。

できるだけ多くの方に接するために、片手5~6分ずつの簡単なマッサージですが、レクリエーションが終わった後もお待ちくださる方がいるほどの好評でした。

 

 ちょうど面会にいらしていたある入居者さんのご主人様から、

「そう、まさにこういうケアが必要なんですよ。妻は指先が冷え性で、運動療法士の治療も受けていますが、それとは別に、こんな風に温かみの伝わるふれあいが必要なんです」

と嬉しいお言葉をいただきました。

 

こうして一人一人とお顔を合わせ手に触れながら、サロンでのマニキュアやフェイシャルにお誘いしました。

 

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一番最初のご予約は、80歳のマダム。週末に施設を訪れた長女さんが私が各お部屋に配布したソシオエステティックのご案内を見て、さっそくご予約をくださいました。

私はお部屋にお迎えに行くと、驚いた様子で

エステティック? 娘が予約してくれたの?」

とても嬉しそうでした。

お体が不自由になる前は定期的にエステティックサロンに通っていらしたそうで、長女さんがそのサロンブランドの化粧品を持参し、今でも同じものを愛用し続けていらっしゃいます。そこでご本人のご希望通りにその化粧品を使用してフェイシャルエステを行いました。

 

エステティシャンにマッサージしていただくのは、10年ぶりくらいだわ。気持ちよかったわ。同じクリーム塗っていただいたのにいつもと全然違うわね」

 

フェイスパウダーで肌の表面を整えてから、チークと口紅を塗って車椅子でお部屋まで戻る途中、

「若返って別人みたいですね」

「マダム キャロン、さらにおきれいになりましたね」

すれ違う職員さんが立ち止って、温かいお声をかけてくださいます。

 

施設の内部とはいえ、ビューティーサロンに出向くことはちょっとした外出のようなもので、足のご不自由な高齢者を自室に一人ぼっちで閉じこもりきりにさせないためにも役立っています。

 

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マダムA(97歳)マダムB(95歳)姉妹はお互いに配偶者に先立たれ、今ではお隣同士のお部屋です。いつも二人ご一緒に行動していらっしゃるので、サロンにもそろってお越しくださいました。

近年地震津波のニュースが大きく報道されていることもあり日本の事はテレビで見てご存知ですが日本人に会うのは私が初めてとのことで、

 

「日本からこんなに遠くまでよく来てくれましたね」

「フランスから日本まで飛行機で何時間くらいかかるのですか」とか

地震に遭ったことありますか」

 

マッサージの最中も質問攻めにあい、賑やかなおしゃべりの中で楽しいひと時を過ごさせていただきました。

お年を召されても、遠く離れた未知の国に思いを馳せることは好奇心を刺激すること間違いなしです。

 

お二人とも一度もエステティックサロンに行ったことがないばかりか、お化粧もしたことがないとのことで、口紅の色をピンク系にしようかオレンジ系にしようか、それとも赤にしようか迷った末、マダムBがピンク色にすると、マダムAはオレンジ色を選びました。それぞれご自分の顔を鏡でじっくりご覧になっているその様子に、私は自分が生まれて初めてこっそり母の口紅を試した時のことを思い出しました。

 

なんだか急に大人になった気分だったのを覚えていますが、お二人はどんな気分なのでしょう。次回は初めてのマニキュアにトライしていただきます。

 

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引き続き、一人の男性が歩行器を押しながら歩いてサロンにいらっしゃいました。

「いまさら手入れしても仕方ないとは思うけれど、鏡に映った自分を見て醜いと感じるようになってきたので、100歳にして生まれて初めてエステを試しに来ました」

「えっ100歳なんですか? とてもそうは見えませんよ」

「厳密には100歳と8か月です」

「ではさっそく若返りエステを始めましょう」

エステの最中は、お孫さんや曾孫さんのお話を楽しくお話しくださいました。

最後に頭髪を櫛で簡単に整えて、シャツの襟をきちんと折り返して差し上げると、先ほどよりも表情も生き生きして見えます。

「さっぱりして気持ちよかったです。妻にもエステを体験させてやりたかった。先に逝ってしまったから残念です。またこの次もよろしくお願いします」

ご夫婦そろって敬虔なクリスチャンで、新婚旅行はルルドに巡礼に行かれたほど。一週間おきに施設内のチャペルで行われるミサには欠かさず参列していらっしゃいます。

その後は、毎回ミサの前にサロンに足を運び、身だしなみを整えてからお出かけされるようになりました。

 

101歳のお誕生日が間近に迫ったある日、散髪もきれいにすまされていらっしゃいましたので

「今日はまた一段と男前ですね。お出かけのご予定ですか」

と問いかけると

「長い長い旅への出発がもう目の前まで来ているから、あちらで皆さんにお会いしても恥ずかしくないように、準備しているのですよ」

とお答えが返ってきました。

 

片手が不自由なことを除けば、身の回りの事も自分でなされるし、まだまだ十分お元気そうに見えるのでたいへん意外に感じましたが、あちらの世界に思いを馳せていらっしゃると知り、

「もうどうせこの先長くないのだから」

と投げやりに考えるのではなく、

「そろそろあちらへの旅立ちの用意をしている」

という心情に触れ、最期を迎えるその時まで、ソシオエステティシャンとして少しでもお役に立てていることをうれしく思いました。

 

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また別の男性は、ある日私が居室にお迎えにお伺いすると、フェイシェルエステを受ける準備に、看護師にひげをそってもらっている最中でした。

一旦社会の第一線から退き、さらには施設に入居し、社交の機会がなくなると、どうしても身だしなみに気を使わなくなってしまうものです。

無精ひげを生やしたままで、周囲や面会にいらしたご家族にもだらしない印象を与えるようになってしまいます。

フェイシャルエステのために髭をそるという行為自体が、もうすでにご自分の外見への執着心や社会性を取り戻すことに役立っている良い一例です。

 

 

よく施設に面会にいらしている息子さんからのご依頼でマニキュアをさせていただいた87歳の女性は、一旦は派手なマットなピンク色をお選びになられたのですが、親指に塗るや否や、

「あ~ダメダメ、こんな色目立ちすぎるわ」

と結局パール入りのパステルピンクに変更しました。

それまでとても落ち着いた様子でいらっしゃったのに、最後の一本を塗り合わるや否や、突然そわそわしはじめました。

お疲れになったのかと思うと、

「早く戻って、夫にこの手を見てもらわなくちゃ」

とまるで恋する乙女のような微笑みをうかべられました。

ご主人様はもうお亡くなりになっていますので、おそらく息子さんと混同されていらっしゃるのでしょう。

いくつになっても長年連れ添った配偶者を想う気持ちが微笑ましく、生前はさぞかし夫婦仲睦まじかったのだろうと羨ましく思いました。

 

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パリ暮らしも長くなりましたが、それでもいまだに日常生活の中で、外国人だからなの

か、アジア人だからなのか、もしくは日本人だからなのか、差別されていると感じることがあります。

確かにフランス人でないのだから仕方ないのですが、気分のいいものではありません。ところが、ソシオエステティシャンとして高齢者に接するにつれて、日本人であることを不利だと感じなくなってきました。

 

この高齢者福祉施設は、田舎町にあるので、日本人に出会ったことのない方がほとんどですが、その分一度お会いしたら皆さん私の事をすぐに覚えてくださいます。

私の方が入居者一人一人のお顔とお名前を覚えるのに苦労しています。

 

それに加えて、十数年前パリで働き始めたころは、言葉のハンディを恨めしく思ったものでしたが、経験を重ねるにつれて、言葉はスキンシップやジェスチャー、アイコンタクトなど数あるコミュニケーションの手段の一つに過ぎないのだと感じるようになってきました。

 

どれほど言葉巧みでも、相手の心に届かなければ何の意味もありません。

逆に、たとえ相手が耳の聞こえない、目の見えない、または口のきけないような限られたコミュニケーション手段しかない状態だったとしても、手と手のふれあいや肌に触れることで心を通わせたり、思いやりを伝えたりすることもできるのです。

 

どれほど健康に気を配っていても、身体は年老いていき、視力や聴力等も衰えていき、人生の終焉にさしかかっていることを意識せずにはいられませんが、ソシオエステティシャンの手により心地よく刺激され、きれいになった自分の姿を鏡越しに目にし、

「自分はまだ生きている、そしてこれからも生きていく途中にいる」

のだという自覚を促すことができると確信しています。

 

いくつになってもエステティック。

私もまだまだ、負けてはいられません。

今夜は自分の顔もしっかりとマッサ-ジしなくては!

 

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