千代に八千代にパリジェンヌのように美しく

パリのエステシャンがあなたに伝えたい、年を重ねても美しいパリジェンヌのきれいの秘訣

ソシオエステティックとは?

Un défaut de l’âme ne peut se corriger sur le visage.

Mais un défaut du visage, si on le corrige, peut corriger une âme.             

Jean Cocteau

 

 心の傷は、顔にでてしまう。

けれども顔の傷は、それを修整してしまえば、心を治すことができる。

                       ジャン コクトー

 

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 フランスでは、病院や社会福祉施設高齢介護施設、そして刑務所で働くソシオエステティシャンと呼ばれる専門のエステティシャンがいます。

フランス語で「ソシオ」とは、「社会の、社会福祉の」という意味があります。

肉体的苦悩(病気・事故・外科手術・老化)や精神的苦悩(精神病・アルコール依存症・薬物依存症)、社会的苦悩(失業や貧困、社会からの孤立)を抱えた人々の心の支えになり力づけています。

通常この美容ケアは、看護、介護サービスの一環として無料で行われています。

 

 

公立病院の職務リストには、ソシオエステティシャンは、「社会生活になじめるように、自己イメージの再評価、アイデンティティーの再生を助長することを目的として、各個人に適したソシオエステティックケア、人間関係を促進するスキンシップ、入念な身体衛生ケア並びに外見のケアを行う」と定義づけられています。

 

朝起きて、着替えをして、身だしなみを整えることは、私達が社会生活を営むための習慣のひとつですが、長期入院中の場合はどうでしょうか。

顔色の悪さを気にしたり、髪の毛を整えたいと思っていてもなかなか思うようにはできません。特に女性は、そのままの姿でお見舞いに来てくださった方々に、面会するのもつらいものです。

入院前と比べ少しずつ悪化していく鏡の中の自分に落胆し、本来の自分自身の姿を失ってしまったような気がするかもしれません。

消毒液のにおいのする病院の中だけのモノトーンな日々の中で、次第に外の社会とのつながりが薄くなりがちで、疎外感や孤独感を感じることも少なくないでしょう。

そんな時、エステティシャンがほんのり心地よい化粧品の香りや、程よい刺激のマッサージとともに、外からの風を運んでいくことは、一時的とはいえ、病気を忘れさせてくれます。

 

ソシオエステティシャンは、美容面だけにとどまらず、身体的な心地よさ、精神的な安らぎをもたらします。

痛みや不快感、副作用を伴う日頃の治療とは異なり、また、看護スタッフとは全く違った角度からのアプローチをすることによって、日常の医療行為では行き届かない精神面でのケアを受け持つことでもあり、入院環境の改善、QOLの向上といった観点から、医療行為の補足的なものであると考えられています。

まさに、医療を社会福祉の視点から捕らえた仕事であると言えます。

 

病は、しばしば体だけでなく心も蝕んでしまうのですから、心のケアも必要なのです。ソシオエステティックによって、病院では失いがちな女性としての自覚を取り戻し、回復意欲を向上させる作用も期待できます。

治療は、医療の役割ですが、回復するためには、患者本人の治そうとする強い意志も必要なのです。

ソシオエステティックは、生と死の狭間にいる患者さんに病院の外の社会とのつながりを維持し、生きる気力を保ちつづけさせ、“生”の側につなぎとめておく、もしくは引き戻す作用があると考えられます。

 

又、事故などで顔や体に傷跡のある患者さんに、その傷跡を、メイクによってカムフラージュし、コンプレックスを和らげることは、外見上だけでなく、精神的にも傷つき閉ざされている心の窓を外の社会に向かって開く、社会復帰の手助けにもなります。

 

高齢者介護や痴呆老人の治療にも、ソシオエステティックは取り入れられています。

年齢を重ねるにつれ、誰もが手や顔にシミやしわが現れてきます。

他人には、見られたくない、覆い隠してしまいたいと思いがちです。

エステティシャンは、メイクやマニキュアで本来あるべき自分への愛情(ナルシズム)を蘇らせ、失ってしまった自信を取り戻すお手伝いをしています。

同様に、配偶者や友人との別離や、死への恐怖感から精神的に不安定になりがちなお年寄りに、やさしく話しかけてくれるソシオエステティシャンの存在は、心の支えとも言えるでしょう。

 

精神医療の現場でも、ソシオエステティシャンは、活躍しています。

精神科では、自分の肉体に無関心で、シャワーさえ浴びようとしない患者さんも珍しくありません。

顔や手のエステが、患者さんの衛生観念に変化をもたらすとも考えられます。

又、自己のイメージに対して、非常に低い評価をしている患者さんも多く、摂食障害の患者さんには、特にその傾向がみられます。

自分の外見に対するコンプレックスが引き金となって、拒食症、過食症を引き起こすこともあります。

このような場合、自分で自分の体を傷つけたり、バランスの悪いメイクをしがちです。エステティシャンがやさしく話しかけ、患者さんの体をいたわりながら、お肌のお手入れ、マッサージ、メイクの指導などのケアを行うことによって、患者さんの自己イメージのアップを図り、そのコンプレックスを和らげることも可能です。

自分に薄いベールをかけ、鏡の中に身だしなみの整ったいつもと少し違う姿を見つけることは、見失ってしまった自分自身を取り戻す良いきっかけになるでしょう。

 

たとえ、肉体的には健康であったとしても、貧困や、失業などの社会的な苦悩による精神的な苦痛は、徐々に外見や肉体を蝕んでいくとも考えられます。

本来の自分自身の姿を取り戻すことは、アイデンティティーを再認識することでもあり、将来に対する希望へとつながっていくでしょう。

 

世界保健機関によれば「健康とは、病気でないとか、虚弱でないという事だけではなく、肉体的にも、精神的にも、社会的にもすべてが満たされた状態にあること」と定義付けられています。

つまり、元気な体と幸せに満たされた心、そして安定した社会生活のバランスが取れた状態の事を意味しています。

私達から、このうち何か一つが欠けバランスを失うと、他の二つにまで悪影響を及ぼすことは、言うまでもありません。

ソシオエステティシャンは、高齢者や病人、社会的弱者が、この三つのバランスを取り戻す手助けをする役割を担っていると言えるでしょう。

「より美しくなる事」がエステティックの目的ですが、「一人一人が本来の自分自身の姿を取り戻す助けをする」「アイデンティティーの修復を促す」「元の生活に復帰できるように社会との懸け橋を担う」ことがソシオエステティシャンの役割であると考えています。

 

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ソシオエステティックの始まり

 

ヨーロッパにおける病院での美容ケアの導入は、1960年に始まりました。

1960年5月17日ロンドンのHalliwich病院で女性入院患者のために美容院とエステティックサロンを兼ねたビューティサロンが創設され「回復期における美容ケア(ヘア、フェイシャルケア、メイキャップ)が入院患者の気力を取り戻させるのに明らかな効果がある」と確信されて以来、アメリカやフランスでもエステティシャンに美容ケアを依頼する病院が出てくるようになりました。

病室まで赴きベッドに横になったままの患者にケアを施すこともあり、心身の緊張を緩和させ、心に平静をたらすことで著しい健康回復を促しました。

エステの前と後では鏡に映る自分の姿を目にした患者の様子に明らかな健康状態の改善が見られました。

 

フランスで最初のソシオエステティシャンは、Madame Jenny Lascar。

彼女は重い鬱病で入院している親友を見舞うたびに、エステやメイクで励まし続けたことがきっかけとなり、最初はボランティアで精神病院の患者に施術を始めました。

当時はエステルームもなく、開いているスペースの片隅で机を並べてシーツを敷いただけの簡素なベッドでの施術でしたが、それでも十分に効果がえられました。

医療現場で働くための専門教育を受けていないにもかかわらず精神病患者のケアに積極的に取り組んでいくことへの家族の心配をよそに、彼女は一歩一歩新たな道を切り開いていきました。

1966年、リオン市のVinatier精神病院の医長Berthier医師は、2年間に及ぶ美容ケア導入の経験から、「精神病院においてエステティシャンは、病気の治癒と社会復帰を促すという点で重要な役割を占めており、医療スタッフの一員と認められる」と断言しています。

そして1973年、Madame Jenny Lascarはリオン市Bron精神病院にフランスで最初のビューティサロンを開設しました。

 

私が受講したソシオエステティシャン養成講座コデスの創設者Madame Renee Rousiereも1966年トゥール市の精神病院でのボランティアに始まり、1970年には老人ホーム、1972年には女性刑務所にまで活動を広げました。

彼女はもともとはエステティックサロンを経営されていました。

その当時サロンを訪れる顧客は富裕層のマダムばかりでしたが、彼女たちが美容目的だけでなくストレスの緩和やリラクゼーションをも求めて来店することに気付き、エステティックの心理的癒し効果に着目されました。

そこで、入院患者や社会的に恵まれないつらい立場に置かれている女性の心の支えになろうというヒューマニズムの観点からソシオエステティックに取り組み始めました。

そして1979年エステティックを医療や社会福祉分野に適応させるための専門教育を行う目的で、トゥール大学病院の協力の下で、ソシオエステティシャン養成講座コデス₁を開講するに至りました。

エステティックは一部の裕福な人々のためだけではなく、すべての女性のためにある」という信念に基づき、ソシオエステティックの発展に尽力されました。

2000年12月には、ソシオエステティシャンが正式な職業として国家認定されました。2003年、 国の癌政策の中で、身体的、精神的そして社会的な面で患者のQOLをより高めるための補助的なケアとして、運動療法師や心理カウンセラー、栄養士と同様にソシオエステティシャンもリストに加えられました。

2012年には、公立病院における職務の一つとして承認されています。

 

₁CODES : Cours d’esthétique à option humanitaire et sociale

     (人道的、社会的意義に特化した美容講座の意)

参考:

「Cours Complets du Programme d’Études du C.A.P. d’Esthéticienne-Cosméticienne」H.Pierantoni著 Les Nouvelles Esthétiques出版 

ビデオ「Une goutte d’eau dans la mer」(1971年 )Institut national de l’audiovisuel