千代に八千代にパリジェンヌのように美しく

パリのエステシャンがあなたに伝えたい、年を重ねても美しいパリジェンヌのきれいの秘訣

病気の時も女性のままで

私は2005年から、がん患者を対象に病院でビューティレッスンを展開しているボランティア団体Belle et Bien(きれいは気分がいいの意)に加入しています。

もともとはアメリカで癌の専門医が、ある患者が治療の副作用による外見の変化にショックを受け、病室から出ることさえ拒否するようになってしまったことに心を打たれ、化粧品工業会会長に依頼して化粧品の提供を受け、プロのメイキャップアーティストの手をかりて外見のケアを行ったのがそもそもの始まりです。

単なる見た目の変化にととまらず、患者さんの気分までよくなり数週間ぶりに笑顔を取り戻すまでに至りました。

これをきっかけにして “Look Good Feel Better”(きれいになると気分もよくなるの意)が、1989年にアメリカで誕生しました。

今では世界26か国に普及しています。

 

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フランス支部は2001年に設立され、美容企業連盟の後援と15の有名化粧品ブランドの協賛を得て、2016年現在27病院(うちパリ16か所)でビューティーレッスンが行われています。これまでに25万個の基礎化粧品やメイキャップの寄付を受け、2500回のビューティレッスンを開催し、2万人の女性が笑顔を取り戻しました。

 

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パリ15区にあるジョルジュポンピドー病院の正面受付でコーディネーターのソフィーと待ち合わせ。

5階、癌病棟の会議室を会場としてセッティングする。

通常、コーディネーター1名、エステティシャン2名の計3名一組で2時間余りのアトリエを司会進行する。参加者には、現在入院中の人もいれば、通院治療中、もしくはもうすでに病を克服した人まで、病状はさまざまだけれども全員癌の宣告を受けたという共通点がある。

 

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「ボンジュール」

 

時間が近づくにつれて一人二人と次々に患者さんが集まってきて、それぞれ自分の名前の席に着く。抗がん剤治療の副作用で頭髪が抜け落ち、かつらをかぶっている人もいれば、おしゃれにターバンを巻いている人、帽子をかぶっている人もいる。フランス人は髪の毛が細くて量も少ないので、黒髪ロングヘアーの私は、これまでにもフランス人からうらやましがられてきました。私は栗色や金髪の彼女たちの髪に憧れますが。

なので、治療の後遺症で頭髪の脱毛してしまった参加者にコンプレックスを感じさせないように、毎回必ず髪を後ろで束ねています。

 

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一人の女性が、あっけらかんと何のためらいもなく帽子を脱いでうっすら産毛の生えているだけのつるつるの頭部をさらけ出す。

また別の女性はあたかも帽子を脱ぐかのようになんのためらいもなくかつらをとる。

すると次々に皆かつらやターバンをほどいてテーブルの上に置き始める。

もっと深刻な面持ちで始まることもあるけれども、今日は明るく和やかな雰囲気でおしゃべりが始まる。

 

「私も家族ももうこの毛髪のない頭に慣れたけど、周囲の人たちがショックを受けるから人前では〔かつらを〕とらないようにしてるのよ。でも今日は大丈夫よね」

 

「スキンヘッドのまま外出するのは、裸で人前に出るのと同じような気分よね」

 

そうだわ、私だって人前でいきなり洋服を脱ぐのは恥ずかしいけれど、温泉に入るときは真っ裸でも、皆お互いさまだから恥ずかしくないのと似たような感じなのかも……と心の中で思っていると、突然、参加者の中で一番若く、波のようにゆらりとロングヘアーをなびかせているマリーが、

 

「こんなのひどすぎる。私のこの自慢の髪が全部抜けてしまうなんて死んでしまったほうがましだわ」

 

ワーッと泣き崩れてしまう。

彼女は、まだ二十台前半、現在も入院中で点滴をつけたままアトリエに参加している。

死んでしまった方がまし……参加者の誰もが一度は死と向かい合ったことがあるに違いないので、マリーの言葉に一瞬にして重苦しい空気に包まれる。

 

「人によって副作用はさまざまだからまだわからないわよ」

 

「いったんは抜けてもまた生えてくるのだから心配しなくても大丈夫よ。かつらは一時的なものだから」

 

闘病生活の先輩たちが、なんとかマリーを慰めようと楽観的な言葉をかける。

 

「私なんて、鬘にしてから、何も知らない隣人からよく似合うって褒められちゃったのよ」

 

とブロンドのボブヘアがとてもナチュラルな参加者の一人が話し出した途端、私は思わず振り返って彼女の方を見てしまう。驚いたのは私だけではない。

 

「あなたそれ鬘なの?」

「信じられない」

「どこで買ったの?」

「あとで教えるわよ。久しぶりに会った男友達からも、急にきれいになったって誘われちゃったのよ。地毛が生えてきても鬘のままでいた方がもてるかもって思ってるところよ」

「今までのスタイルを変えて、イメージチェンジするいい機会かもね」

 

こういう時、同じ病を経験した女性どうしの言葉は私たちエステティシャンの慰めよりもずっと説得力がある。

けれどもマリーは泣き止まず、仕方なくコーディネーターのソフィーが病室まで付き添っていく。

あの若さで癌の宣告を受けただけでも耐え難い苦悩があるだろうに、これから自分も立ち向かわなければならない抗がん剤治療の副作用をまざまざと見せ付けられたショックは、計り知れないものがある。

他の参加者も今では自分の病とうまく折り合いをつけているけれども、そこまでたどり着くには混乱や戸惑いそして葛藤があっただろうと想像される。


しかしながら、今日の目的はビューティーレッスンなので、気を取り直して本題に取り掛かる。

 

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もう一人のエステティシャンのナタリーと基礎化粧品とメイク用品がぎっしり詰まったポーチ(販売価格にして3万5千円相当)を各参加者の肌色に合わせて配布し始めると、先ほどの沈んだ空気は一気にどこかに吹き飛んでいった。

美容の力は偉大だと感じる。

 

「全部本物の商品だわ」

「これ全部もらっていいの?」

「こんなにたくさんの化粧品、本当にいいの?」

 

クレンジング、トニックローション、パック、デイクリーム、ナイトクリーム、ファンデーション、コンシーラー、頬紅、アイシャドー、マスカラ、口紅……ゲラン、ランコム、クラランス、クリスチャンディオールエステローダー、ロレアルパリ……全部で15品。

すべて協賛企業から無償提供を受けている。

 

ステップ1. クレンジング

一人の参加者にモデルになってもらいクレンジングのデモンストレーションを行う。病気治療のため乾燥している肌に負担をかけないように、たっぷりめの量のクレンジングミルクを手のひらにとり、顔全体を優しくなでるように汚れとなじませていく。頬を包み込むように両掌を軽く滑らせただけなのに、彼女は目を閉じてふっと息を吐きながら

「ああ気持ちいいわ」

とウットリとくつろいだ表情になる。

参加者に喜んでいただき、自分の技術が役にたっていると実感できるのは、何よりうれしい。今日は休日返上でボランティアに来ている疲れも吹き飛んでいく。

ティッシュペーパーで全体の汚れをふき取った後、トニックローションでさっぱりするまでタッピングすると、クレンジングをしただけなのに汚れとともにくすみもとれて、肌が生き生きとよみがえってくるのが実感できる。治療の後遺症で敏感になっている肌をいたわるために、ここではダブルクレンジングやスクラブは推奨しない。

 

ステップ2. 保湿ケア

肌のかさつきやつっぱりを防ぐための保湿ケアは何よりも大切で欠かすことができない通常使用量の2倍のクリームを顔と首全体になじませてから、顔の中心から輪郭に向かって、下から上に向かって指先で螺旋を描きながらクリームを浸透させる簡単なマッサージの手順を紹介する。血行を促進する効果もあるため、顔色がほんのりバラ色になってくる。

 

ステップ3. パック

パックの有効成分を最大限に浸透させるには、クレンジング後の清潔な肌に行うのが一番効果的ですが、闘病のため乾燥し、抵抗力の衰えた肌には効果が強すぎて、リアクションが出ることも懸念されるため、例外的にクリームの後に行うよう指導する。顔、首に肌全体をしっかり覆うように塗布し、10分ほど放置する。

 

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その時、先ほどまでは口数の少なかった一人の参加者が、遠慮がちに口を開く。

 

「この場を借りて、皆に聞いてもいい?」

「何?」

「私一回目の抗がん剤治療を受けたところなんだけれど、もうすでに髪の毛が抜けだしたの。鬘はもう購入してあるから、この際2回目の治療までに思い切って全部剃ってしまった方がいいと思う?」

「確かに、髪の毛が束になって抜けるのを見るのはとってもショックよ。自分の一部が失われていくみたいに感じたわ」

「でもいきなり剃るのもかなり勇気がいるわよ」

「あなたそんなことできるの?」

「……」

「まず手始めに10センチくらいカットしてみるといいわよ。それに慣れたらまた少し短くするの。長い髪がどんどん抜けていくのを見るよりも、短い方が気分的に楽よ。それに周囲にも髪が薄くなったのがわかりにくいわよ」

「ショートカットを試すいい機会だと思ってやってみたら」

「さっそくそうするわ。ありがとう。病気の事話し合えるのって、いいわね」

「家族も友人も、病気の事に触れるの避けてるものね」

 

ティッシュペーパーでパックをふき取ると、化粧のりがよさそうなしっとりとした肌に生まれ変わる。

 

ステップ4. ファンデーション

「ファンデーションは肌に悪い」と思い込んでいる女性も少なくないので、逆に肌を紫外線や大気の汚れや埃から保護する役割もあることをわかってもらう。

 

ステップ5. コンシーラー

目の隈やしみ、にきび跡などをカバーするために部分的に使用する。

 

ステップ6. パウダー

肌の表面を滑らかにし、化粧もちをよくするために、パフまたは筆を使って透明のパウダーを顔全体に塗布する。

 

ステップ7. チーク

「さあ笑って笑って!」鏡の前で笑顔を作って、盛り上がったところにふんわりとぼかしながら色をのせる。少し赤みが差すだけで、俄然として元気な顔つきに変わる。

 

ステップ8. アイブロウ

治療の副作用で失われた眉毛を不自然にならないように描くことは参加者の一番の関心事であり、一同の注目が集まるところなので、全員が習得できるように参加者一人一人に目を配りながらデモンストレーションを行う。

 

ステップ9. アイライナー

 

ステップ10. アイシャドウ

 

ステップ11. マスカラ

睫毛の残っている人は、マスカラも塗る

 

ステップ12. 口紅

最後に口紅を塗ってメイク完了。

 

病院での参加者の中には、これまで一度もエステティックサロンに行ったことがない女性や、一度も化粧をしたことがない女性もいるので、彼女たちが翌日から自分でできるように、たっぷり時間をかけてわかりやすく簡単に説明することが求められる。

そして最後にかつらを装着すると、まるで魔法にかかったかのように病人から一転して生き生きしたマダムに変身。

 

「鬘のいいところは、いつでも美容院でブロウ仕立てのヘアスタイルでいられることね」

 

鏡に映った自分を見てきれいと感じるのはいくつになっても嬉しいもの。自然に表情がほころび笑い声があふれる。

 

「今の私たちはルネサンス(仏語で再生、復活の意)の真っただ中にいるのね」

「その言葉、今の気分にぴったりだわ。体中の毛がほとんど全部抜けて、最近産毛が生えてきたから、なんだかこの年になって赤ちゃんみたいで大人の女性としての魅力はなくしてしまった気分だったの。でも今日ここに来たおかげで、前向きに考えられるようになったわ。そうよ、まさにルネサンスなのよ。私たちは復活できたのね」

 

そろそろ終了の時間が近づき参加者一人一人と挨拶を交わしていると、その時、先ほどまではとてもにこやかにしていた一人の参加者の目からみるみるうちに涙があふれる。

「ごめんなさい泣いてしまって。我慢しなきゃいけないのに。いろいろつらかったことを思い出してしまって。病気になって以来はじめて、またきれいになれて、嬉しくて涙が出てしまったの。今日はどうもありがとう」

そばにいたナタリーがそっとティッシュペーパーを手渡しながら、

「せっかくのお化粧が涙でくずれてしまいますよ。さあ笑って笑って。今日はもう泣いちゃだめですよ」

と気の利いた言葉をかける。

今日は、涙で幕を開け、また涙で幕を閉じた。涙は涙でも最後のうれし涙は、私の心にジーンと響き渡りました。

メイクによる美しさはやがては剥がれ落ち消え失せてしまうはかないものにすぎませんが、いったん心の中に蘇ったナルシシズムはこれから前向きに生きていくための助けになるでしょう。

メスが入れられた傷痕や年齢を重ねた証の目元の皺は消すことができないけれど、気持ちはいつまでも若い時のまま、心に皺を作らないのが人生を楽しむ秘訣なのです。

 

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私がボランティアを始めてから2年余りが過ぎたころ、いつものように病院で患者さんをお出迎えしていると、見覚えのある一人の女性に出会いました。

希望者が多いので原則一人一回の参加しか認められていません。

ただし例外があり再発した場合は、もう一度参加できるのですが、ひょっとしたら私の勘違いかもしれないとも思い、また、なんと声をおかけしていいのか戸惑いもあり、

 

「ボンジュール、ようこそいらっしゃいました」

 

と当り障りのないご挨拶を交わしましたが、レッスンが進行していくにつれ、彼女の慣れた手つきを見るにつけ、間違いなく同じマダムだと確信しました。

終了後、お見送りをする際に、

 

「その後、おかげんはいかがですか」

と思い切って話しかけてみました。

「私のこと覚えていてくれたのね」

「もちろんですよ」

「残念なことに転移が見つかって、また病院に逆戻りしちゃったのよ。でももう大丈夫、このレッスンに参加すると、病人の気分は吹っ飛んじゃうのよ」

「口紅のお色がよく似合っていらっしゃいますね」

「ありがとう。あなたの説明の仕方もずいぶん上達したわね。今日は楽しかったわ」

「ありがとうございます」

「私は、もう次がないことを願っているけど、あなたはこれからも病気の女性たちのためにぜひ続けてくださいね」

と温かい言葉をかけていただきました。

私も彼女にもうお会いすることがないように心から願っています。

 

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10年以上前にこのボランティア団体の面接を受けた時に

「モチベーションは何ですか?」

と尋ねられ、私は

「ソシオエステティシャンの資格を持っているので、それを生かして病気の女性の役に立ちたい」

と答えたように記憶しています。

その後経験を重ねるにつれて、あの頃の私はなんて自己満足的な傲慢な考えをしていたものかと恥ずかしく思います。

 

Belle et Bienでは、他社のエステティシャンと一緒に司会進行を行い、癌治療の後遺症による身体イメージの劣化を和らげるために、参加女性たちの肌が少しでも改善され、心が前向きになれることを考えてアドバイスしています。

そうする中で出会える同業者同士の意見交換や、参加者との交流は、通常業務では得ることのできない貴重な経験であり、私自身の心も豊かにしてくれるのです。

ビューティレッスンの後、参加者の「きれいになったから今夜はお出かけしなくちゃ」とか「人生まだまだこれからよね」という一言一言が私の心に響きます。

女性にとって‟きれいと思える”のはなんて大切なことでしょう。そしてそのように感じることで私はエステティシャンであることを誇りに思い、また翌日からの仕事の励みにもなるのです。

病にある女性たちの手助けというよりも、私の方が力づけられているのです。